| 事故10年後1995年8月27日の米軍準機関紙パシフィック・スターズ・アンド ・ ストライプスは「日航機救難作業の醜態、元空軍軍人証言」「日本は現場到達に12時間もかけた」の大見出しで暴露記事を掲載しました。
日本の軍事評論家で航空自衛隊の対応の不手際を指摘する人がいます。 これらについて国や自衛隊は何ら正式のコメントをしていません。
真相はいまだに謎に包まれたままです。
運輸省航空事故調査委員会(通称事故調)は米空軍救難努力の事実すら記載 せず、「地点確定までに時間を要したことはやむをえなかった」とし「救難活動は 最大限の努力が払われた」(報告書121頁)と結論しました。
事故調は人の生死の説明で誤った結論
事故調はNTSB(米国家運輸安全委員会)の文献を引用(報告書121頁)、生 存 者席に近い後部座席の人も人体の耐えられぬ衝撃を受けたので全員死亡して当然で 「4人の生還は奇跡」と結論しました(報告書122頁)が、これはNTSB文献の 読 み誤りで、正しく読めば「4人が生還しても不思議ではない」と結論すべきでした。
私達はこの誤りを指摘し、報告書の書き直し を求めましたが、事故調は応じませ ん。
こんな不条理な報告書でかたづけられたのでは
御巣鷹に眠る520の御霊は浮かばれません。
事故調が推定した事故原因と異なる説をとなえる人もいます。
このような異論に対し事故調はこれを黙殺し続け、公に反論 することを避け続けました。 |